パチ屋のチラ裏は書きづらい

好きなことを語りたいだけ。

【ハイキュー!!】小学五年生の転換期と、他つらつら妄想。【太陽と月】

日向の、バレーへの想いの移り変わりをザっと見ると、

  1. テレビで隣町の高校が全国大会に出場している映像を目にし、『小さな巨人』に憧れる。
  2. 中学最初で最後の大会、影山率いる北川第一にボロ負けし、影山へのリベンジを誓う。その影山と再会した際、影山を倒す舞台が世界の頂点だろうが~みたいな感じになった。
  3. バレーを通じて人との繋がりが増えていく中で、更に高みを目指すようになる。
  4. バレーにドハマりする。

結構長い時間をかけて、日向はバレー一筋になる。木兎が月島に説いた『その瞬間』はきっと、麻薬のような甘美的なものなのだろう。日向はそれに加え「負けたくない」という本能で動いていたし、その始まりは中学で影山に負けたことだ。

その、中学でバレーを始めるキッカケになったのが、小学五年生の冬だったわけで。

バレーのルールもよくわからないのに その小柄な選手の活躍を夢中で見ていた

こんな風になれたらカッコ良いなとおもった

野球もバスケもサッカーも大好きだったけど

あの選手の姿が目に焼きついていて

中学ではバレー部を選んだ

※1巻 第1話

この時の日向は、肩にバッドを担いでいる。たまたま目にしたのがバレーの試合で、たまたまそこに小柄な身体を自在に操る選手がいて、しかも放送中にたまたま放送していたテレビの前を通った。

この先の人生、様々な選択肢のあった幼い日向にバレーを選択させたキッカケは正しく『烏野の小さな巨人』だった。

 

日向と対照的に描かれる人物は、細かいところまで見ると沢山いる。金田一とか、リエーフとか……。その中でも、【もうひとりの主人公】と言われる影山は、日向と対になっている。《日向(陽)》⇔《影(陰)》は誰が見ても対だし、《翔》=《飛》と名前にも共通点がある。これ、飛翔じゃん。

さらにもうひとり、日向と対になるのは、もうひとりのスタメン一年である月島だ。本編でも谷地さんが言ってた《太陽》と《月》だ。

 

私がこの記事を書こうと思ったのは、「日向がバレー少年になる前に、月島ガツーン来ちゃったんじゃない?」としょうもないことを考えたからである。しょうもない。

 

日向がバレー人生を選択してしまうキッカケを迎える前に、月島はバレーに絶望していたと考えると、何ともエモーショナルだ。

ツッキーのバレーに関しては、前も記事を書いてるけど、共通するトコや矛盾するトコがあるかもしれません。《月島蛍はバレーが上手なのか。 - ナナミの山奥

 

月島兄が、いくら努力しても勝てるメンバーに選ばれなかったその時、日向にキッカケを与えた小さな巨人は勝てるメンバーの一人だった。

この《月島兄と小さな巨人》が《月島と日向》の関係に当てはまるか、と言われると、実は全く関係なかったりする。月島と日向は、確かに対になる関係だが、月島兄と小さな巨人が対になるわけではない。

小さな巨人がスタメンだった時に、小さな巨人のみが強かったかと言えばそんなことは無い。月島兄はそもそもベンチ入りすらできてなかった。スタメンは7人だし、ベンチも含めれば選手は12~14人。その中から月島兄は零れ落ちただけ。

小学五年のあの時見た試合で、月島の中に小さな巨人の印象が残っていたかというと、よくわからない。

更に言えば、小さな巨人は三年に上がった時には全国に行けてない。

 

小学五年の夏、月島は努力の報われない虚しさを知ったし、辛い思いをしてまで頑張ることを止めた。

小学五年の冬、日向は小さな巨人に憧れた。中学三年の夏、負ける悔しさを知った。高校一年の夏、勝利の味を知ったし、負ければやっぱり悔しかった。

 

ここまで書き出してみて、もしかして月島は勝利の甘味を知らないまま高校生になったのでは、と感じた。バレー歴は日向より圧倒的に長いのに、勝利の味を知る前に、本気のバレーをする前に、兄を通して絶望の苦みを舐めてしまった。

月島は理性的だから、本能のままに勝利を求める気も起きず、勝ちたい気持ちを抑え込んでいたのかもしれない。その理性が少し外れた最初のシーンが、入部直後の三対三じゃないのか。

日向には、本能のままに勝利を求める素直さがあって、だから中学の、影山に負けたあの時、もっと強くなろうと思えた。

初めての練習試合、IH予選の一回戦、二回戦。勝利の味を知り、三回戦で負ける悔しさを再び味わい、勝つための強さを求めた。それは影山も同様、だからこそ梟谷学園グループの合宿は大変有意義なものになった。

梟谷学園グループは、月島にとっても有意義なものだ。バレーの美味しい部分を、木兎が教えてくれた。それを月島が自身で味わうのはもっと先だが、頭の良い月島は理解し納得し、自らにその瞬間が訪れるまで、淡々と力をつけていった。

 

結局月島の話に移行するくらい、私はどう足掻いても月島厨だった。